May 18, 2009

「白いご飯」

白いご飯を汚すのが嫌いです。
丼のように、既に料理としてご飯の上におかずが乗っかっているのは、
全然気にならないのですが、
自らご飯の上におかずを乗っける行為がNGなのです。

例えば焼肉とか、ご飯の入った茶碗をまるで小皿代わりに使っているような人を
見掛けますが、あれができないのです。
ご飯の上に、焼けた肉を置けば、肉汁やタレの旨みが染み込み、
ご飯が美味しくなるという意見も分かりますが、
白いご飯のあのツヤのある白さを汚すことは、
私にとって罪のように感じてしまうのです。

丼としてご飯の上に具を乗せる調理法は一理あって、
ご飯の蒸気によって具をふっくらとさせる効果があるようです。
別皿ではすぐに冷めてしまうおかずもご飯のあったかい熱によって、
良い状態を長くキープできますよね。

米は、日本において長い間非常に特殊な意味を持ち、
米について考えることは、日本の文化そのものについて考えることに等しいといっても
過言ではないでしょう。

米は、単位面積あたりの収穫量が穀物の中で最も多く、高カロリー食品でもあります。
貯蔵性も高く、連作可能であることもその利点です。

そういった特性から、日本は稲作を大陸から受け入れ、
その後の日本社会を構造的(税・年貢・権力の指標等)に規定していきました。

ただし、稲作には長期間にわたる組織的な労働力が必要とされますから、
結果として共同体を基盤とする強い連帯意識をもつ社会が
生み出されることになりました。

今では、いろんな食物を食べることができ、
米がそういった社会や文化の根幹を成すことはなくなりましたが、
多分私が白い米を汚すのが嫌いなのは、
そんな米を大事にしてきた日本人のDNAが受け継がれているからかもしれません。